鉄ゴマというのは独楽の一種で、わたしが少年時代を過ごした広島においては、
webmaster@deetv.com
当時最もポピュラーなコマであった。
鉄の芯棒が木の本体に刺さっており、その木の周囲を鉄の輪が取り巻いている。
硬くて太い綿のひもを螺旋状に巻き、回した。
(余談だが、ひもは水たまりの泥水に浸け、硬くしてから使うのがミソである)
鉄の輪は鋳鉄でずっしりと重く、いかにも存在感がある。
別名を「ケンカゴマ」という。
3〜4人で集まり、アスファルトの道路で対戦するのだが、
今考えると特別にルールがあったわけではないように思う。
ただ単純に、最後まで回っているコマが偉いのだ。
コマを回すときに、いかに強く回転力を伝えるか?
いかに敵を道路の端に跳ね飛ばすか?である。
そして勝つポイントは、いかに回転力を弱めず道路の端から復活できるかであった。
(ご存じのように道路の断面はカマボコ型をしており、
端にいくとブロック状のコンクリートに激突して死んでしまうのだ)
ところで、一般的なケンカゴマであるベーゴマというものは、
西の地方では存在しないも同然であった。
西の地方で、冬のコマ遊びといえばこの鉄ゴマのことを指していた。
ベーゴマやメンコは、勝負に勝つと戦利品としてそのモノをブン取ることができるが、
鉄ゴマではまずそんなことはやらなかった。
なぜか?
その理由は、値段が高かったからか?(300円程度だったか?)。
それとも、その大きさにあったのか?(直径10cm程度)。
いやいや、それよりも重要なことがあった。
鉄ゴマは「男の武器」だったからだ。
鉄ゴマはふつう、一人で一つしか所有しないものだった。
(もちろん例外もあったかも知れないが)
それは、高価でもあったからだが、それよりも唯一の自分の鉄ゴマ以外に、
他が必要なかったからである。
つまり、鉄ゴマは思い入れの塊であり、大げさに言えば、武士の刀と同様のものだった。
それを奪い合うということをしなかったのは、ガキなりに男のプライドをかけて戦う「モノ」に、
「武士の情け」をかけていたということだろう。
当時のわたしにとって、鉄ゴマは自分の誇りであった。
その冷たく重い鉄輪と、硬い紐の記憶は、今でもこの手に思い起こすことが出来るのだ。
ところで、あなたは自分のプライドをかけて戦うための「モノ」をお持ちだろうか?
現在のわたし自身のことを考えてみると、唯一と断言できるそれが、残念ながら思い当たらない。
多くの「モノ」に囲まれ、純粋に唯一と言えるモノがないように思う。
過去を懐かしむわけではなく、この時代に馴らされてしまった自分を寂しくも思う。
しかし、不幸ではない。
わたしがこの後、記すであろう無数のモノの感触の記憶は、
わたし自身であり、時代でもあるのだから。(了)
Back to 「インプレッセイ」Home
All Rights Reserved, Copyright by deecloud!