PEN EE-?(オリンパス、1973〜80年頃使用)


(記憶がかなり曖昧なので、間違いがあるかも知れません。)

オリンパス・ペンは、35mm・135フィルムをハーフサイズで使用するコンパクトカメラで、
一世を風靡した名機である。

ガキのわたしは、なぜだか猛烈にカメラというものが欲しくなり、訳もわからずお年玉を叔母に託した。

「カメラを買ってきて!」

そして、わたしは生まれて初めてのカメラを手に入れた。
それが、このペンだった。

「ペン」。カメラなのに「ペン」である。
子供心には、「なんでペンなんだろう?」と不思議に思ったものだ。
(もちろん、ペンでメモするがごとく、「気軽に撮影するモノ」として込められた名前であるのだが)
そして、EEである。この意味もわからなかった。
今現在はそれなりの知識もあるのだが、そのころは何もわからず写真を撮っていた。

シャッタースピードは、たしか30/1と250/1の2つだけだった。
かなり広めの(30mmくらい?)、わりと明るい(F2.8くらいか?)レンズを持つ。
露出計内蔵で、Fをメーターで読み、絞りを合わせる。
距離計は内蔵されていない。目カンでピントを合わせるのだ。
妙に薄く四角いボタンを押してシャッターを切る。

大きさの割には重く、革のソフトケースの匂いがツンとする。
レンズの周りには、小さなピラミッド状のガラスが組み合わされたような円形の測光グラスがある。
そして、プラスチックの黒いレンズカバー。
ハーフのカメラは、ご存じのように倍の枚数を撮影できる。
36枚撮りを入れると、72枚+α。撮っても撮っても終わらない。

それがわたしのカメラ原体験である。


当時は、主にモノクロのフィルムを使った。
(というか、まだまだモノクロが自然に感じられた時代であった)

スナップショットは、なぜかあまり撮らなかった。
「魂を抜かれる」なんて本気で言っていたからかも知れない。

主な被写体は、車や鉄道の写真だった。
2〜3人で町内を徘徊し、写真を撮りまくるのだ。
時はスーパーカーブームのまっただ中であり、幻のそれを探し求めた。
しかし、当時の地方都市にはスーパーカーなど存在しなかったのだ。

ある時は、山の中腹にあるバイパスまで上がって、走ってくる車を陸橋の上から狙う。
自慢の一枚は、所詮「MAZDAスポーツ」だった。

ある時は、国鉄の線路まで行き、貨物列車を狙った。
EF65やEF66を意味もなく撮り続けた。どこで覚えたのか、流し撮りは完璧だった。

今考えれば、けっこう危険な遊びである。
線路の脇の草むらまで近づき、迫力ある画を狙った。
仲間内で電車に轢かれたヤツがいなかったのは奇跡だと言ってもいいだろう。


わたしはなぜ、カメラマンという職業を選んだのだろう?(ただしTVのだが)
わたしはすでに、この頃から撮ることの悦びを知っていたのだろうか?

少しピンぼけのソフトなモノクロの写真達は、薄汚れたフエル・アルバムを開けばまた会える。

そして、わたしは今欲している。
もう一度あのペンで写真を撮りたい。

あのペンで撮影すると今の景色は、どうなふうに写るんだろう?


わたしは、ペンにそのことを聞いてみたい。
しかし、そいつにはもう20年近くもお目にかかっていない。

わたしのペンは、実家のどこかで行方不明である。


そして、わたしは悩んでいる。
実は、別のペンと浮気をしそうなのだ。

中古カメラ屋に行けば、数千円であの感触をまた味わえてしまう。

古きモノが簡単に手に入る、非常に危険な日常。
それが今という時代である。(了)



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