わたしのとってローラースケートとは、靴につけるモノである。
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鉄のプレートに紐がついているもので、靴にはかせて紐で縛りつける。
中央のプレートに付いている大きなねじを10円玉でしめつけて、靴の大きさに合わせる。
当時1,800円くらいだったろうか?
ベアリング付きのヤツは倍近くの値段がして、とても手の届かないものだった。
この頃は近所の子供達でグループを作って遊んでいた。
メンバーは小学生で1年生から6年生まで。今思えば、かなりの年齢差があった。
小さい子供は、大きい子供に遊びを教えて貰う。幸せな環境だった。
大きい子は、当然のようにベアリング付きのそれを持っていた。
触らせて貰ったベアリング付きのローラーは、自分のローラーとは全く違った。
「どうしてこんなに良く回るんだろう?」
そのローラーは、本当に信じられないくらいにスムーズな回転を見せるのだ。
しかし、良く滑らない安物のローラースケートでも、わたしには大切なローラースケートだった。
ミシン油をブリキの油差しで差しながら、少しでもよく滑るように手入れをしていたのだ。
そのローラースケートで、最初は単純に道を滑ることだけを楽しんだ。
そのうち、空き缶を置いてのスラロームを覚えた。
次に、坂道を滑ることを覚えた。
短くて緩い坂だったが、わたしにとっては大変なスリルだった。
馴れてくると、小学校の滑り台を滑る技を覚えた。
時は、札幌の冬季オリンピックの頃。
日の丸飛行隊は、子供心に強烈なインパクトを与えたのだ。
そのころの滑り台は、滑るところが木製の板で出来ていて、全く好都合だった。
しかし、友人が着地し損なって腕の骨を折る事件が発生し、「滑り台でのジャンプ禁止令」がでた。
残念ながら、この遊びは中止せざるを得なかったのである。
最後にたどり着いたのは、自転車の後ろにつかまることであった。
町中をフルスピードで走る自転車。
一時期、わたしの町ではローラースケートを履いた子供がぶら下がっていたものである。
それが一人のこともあり、ふたりのこともあった。
3人以上になるとスピードも落ち、つまらなくなった。
滑るという行為は、普段の生活であってはならないことである。
滑るとロクなことがない。普通はそうだ。
しかし、その気持ち悪さがだんだんと快感となる。
その気持ち悪さと共に、わたしが感じていたのは・・・。
鉄のプレートの冷たさ。自転車の荷台の冷たさ。風の冷たさ。
わたしにとって、ローラースケートとは冷たいものである。
今でも冷たさを感じると、あの足もとの気持ち悪さを思い出してしまうのだ。(了)
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