ロードマンは、日本における自転車というモノの存在感を、
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根底から覆したといえる名品である。
スポーツタイプのフレームにドロップハンドル、多段変速。
シンプルでありながら多機能である。
あの時代、少年たちの憧れはロードマンに集約していたのだ。
小学生も高学年になると、フラッシャー付きのゴテゴテしたデザインの自転車では、
さすがに気恥ずかしくなるのだろう。
(といっても、わたしはそういった自転車は持っていなかったが)
そのシンプルなブルーのフレームの自転車を、親にねだって手に入れたとき、
わたしは少し大人になったような気がしたのだ。
中学生になると、サイクリングブームが起こった。
どこに行くにも自転車で行く。
そして、無理をしてでも、遠くまで行こうとしたのである。
そうなってくると、改造は必然である。
サイクルスポーツという雑誌を読みあさり、知識を詰め込んだ。
スポルティフ(簡単に言えば、ハイスピードで旅を行うモノ?)にすべく、
行われた改造は次の通りである。
(専門用語やメーカー名をかなり失念しているが、ご容赦いただきたい)
・ まずは、錆びてきたブレーキとディレーラー(変速機)のワイヤーを交換する。
・ ハンドルのステム(フレームとハンドルをつなぐもの)を長く、軽いモノに変える。
(これで前傾姿勢が強くでき、そういった気分が高まるのだ)
・ 同時にハンドルをアルミ製の軽量なモノに変え、バーテープ(ハンドルに巻くテープ)も、
カラフルなモノ(珍しいナイロン製のメタリックレッド!)に変えた。
・ ペダルにクリップ(靴をペダルに固定するモノ)を取り付けた。
(初心者だったわたしは、ハーフクリップというベルトを使用しないモノにした。)
・ サドルのピラー(フレームとサドルをつなぐモノ)を変えた。
(その軸に刻まれた溝に、車補修用の塗料で赤色を埋めた。)
・ ブレーキはこれしかない!というマハックにした。
(世界一の効き味!それは、まるでポルシェのブレーキのようであった。
これは、わたしがたぶん初めて手に入れたおフランス製品であり、感慨深い)
・ 車輪(リム&スポーク)をアルミ製のものに変える。ハブはレバーで脱着できるものにする。
・ 同時にタイヤを700C(細いもの)に変える。
・ スタンドを取り外して、少しでも軽量化に努める!
・ 泥除けを、これもフランス製の赤いプラスチックのものに取り替える。
・ボトルゲージを取り付け、ボトルをセッティング。
・サドルの後ろにバックゲージ?を取り付け、バッグを付ける。
・ Etc.
長い期間を経て、少しずつ改造されたロードマンは、ハイテン(いわゆるただの鉄)の
フレームにもかかわらず、11KGを切る軽量なマシンに仕上がった。
(確かに中途半端で、アンバランスな改造であるのだが、逆に言えば、ロードマンなのに、
これほどの改造を加えたというのもすごいことであろう。)
生まれ変わった、ロードマンでわたしは走りに走った。
己の力のみで風を斬り、突き進むこと。
ロードマンはわたしに新しい世界を教えてくれたのである。
それは、たとえば家から原爆ドームまでのタイムトライアルであったり、
休日の午前中で帰ってくる、岩国の錦帯橋までのポダリング(ゆっくり走ること)であったり。
さらには、隣の市の市街地まで出かけてみたりもした。
ロードマンは、今までは行ったこともないところまでも、行動範囲を広げてくれたのだ。
いずれにしても、日々はロードマンと共にあり、わたしはロードマン無しでは行動できないほどであった。
そして高校生になる頃、わたしはロードマンから卒業することとなる。
わたしのロードマンは、いとこの少年の元へ請われて旅立っていったのだ。
考えてみれば、その後のわたしの趣味的なことや、大げさに言えばライフスタイルを形作ったものとして、
その意味でもロードマンは忘れがたいモノである。
なぜなら、こういった改造や機械いじりを始めたのは、このロードマンあってこそだからだ。
さらに、ブランドということは抜きにして、機能的で良いモノを吟味する楽しさも教えてくれたのである。
薄暗い電球に照らされる夜、埃っぽい納屋のなかでいじくりまわした、わたしだけのマシン。
あのオイルとグリースの匂い、ベタベタと粘るその手触りは、自分が男であることの証でもあった。
そして、わたしはその後、さらに偏執狂的にグレードアップした自転車生活を送ることになる。
しかし、それはまた、別の話である。(了)
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